80周年記念 祝辞

80周年記念誌(祝辞)

学校長 藤澤佳隆

 新緑が目に染みる、青葉の風すがすがしい季節になりました。まずは、4月14日に発生した、熊本地震で犠牲になられた方々に対して、ご冥福をお祈りすると共に、ご家族の皆様にお悔やみ申し上げます。同時に、被災された方々にお見舞い申し上げます。

 本校は、「輝く80周年、そして受け継ぐ未来」の思いのもと、本日めでたく創立80周年の節目を迎えました。真颯館高等学校、第20代校長として誠に意義深く喜びに堪えません。

 顧みると、本校は、ベルリンオリンピック開催の昭和11年、九州工学校として、現在の小倉北区砂津の地に小堺秀次様によって創設され、初代校長は、山田正隆先生を迎え開校しました。学制の改革に伴い、九州高等工科学校、九州工業高等学校、そして、平成11年に、真颯館高等学校と四度の改称を行い現在に至っています。また、80周年の節目を迎えることに、校長として、ひとしおの意義深さと、改めて本校が、新たな思いでさらなる一歩を踏み出すことを実感しています。卒業生として約4万7千人弱を輩出し、建学の精神の第一として『心身共に健全な中堅工業技術者の養成』を教育理念として掲げ80周年を迎えた今日、校訓である「規律・勉学・勤労」のもと、本校で希望にあふれた時代を過ごした卒業生は、産業技術者・芸術・漫画・スポーツなど多方面に亘って、実に多くの人材を育んできました。真颯館高等学校の豊かな人材は、北九州市はもちろん全国各地に及びますが、今日のグローバル社会において、海外で活躍している卒業生も多くいます。それは、英文による卒業証明書発行の頻度がそれを証明しています。80年の歴史の中で、本校が、社会や世界に果たした役割の大きさを、感ぜざるを得ません。

 この機に80年の歴史と先人の功績をたどるため、資料を紐解き、昔を知る方々からのお話を伺うにつれ、80年の年輪を刻んだ学校の持つ「大きな力」を感じずにはいられません。それは、地域のシンボル校として、本校に対する信頼と、多くの卒業生による人のつながりとして、多くの皆様が立場を超えて本校をご支援いただく強い絆となって表れています。

 昭和37年には、「高松宮、同妃両殿下」をお招きし。本館竣工記念式典を、盛大に挙行いたしました。また、昭和43年に普通科新設、昭和61年には、電子情報科を開設、平成11年には調理科を、また、平成13年には総合学科や美術デザイン科を開設するなど、常に産業界や社会の要請に応えながら、多様化する生徒の進路選択に対応しながら、特色ある教育に取り組んできました。その中で、平成16年、17年と「ものづくり全国大会木材加工部門」で全国優勝、準優勝という快挙も成し遂げました。

 工友会(部活動)体育部では、軟式野球部が全国優勝、硬式野球部が二回甲子園出場、ソフトテニス部が全国優勝しており、ほとんどの部活動が、九州大会、全国大会に出場し、本校の名を全国に轟かせました。文化部でも、美術部や写真部の活躍など多岐にわたり栄光を勝ち取りました。

 この間の学園の発展にご尽力されてこられた歴代理事長様、九真会会長様、学校長様、後援会長様を、はじめ教職員及び学園関係者や地域住民皆様のご尽力の賜であり、改めて感謝申し上げると共に、ご苦労に対し深く敬意を表します。

 今日、我が国産業界の技術革新の発展と社会の変化は著しいものがあり、このような時代の変化に対応できる人材を育成することが、ますます重要になっております。また、北九州市は「ものづくりの街」でもあります。今後も、社会変化に負けぬ強い意志と実行力を持ち、新しい技術に十分に対応できる広い視野を持った人材を輩出していくことが、本校の役割だと考えています。それだけに本校の建学の精神に基づく教育に対する期待は大きいものと感じています。

 我が真颯館高等学校がさらなる発展を遂げるため、また、少子化、情報化の社会の中で、今後21世紀の産業界の要請に即応できる優秀な人材を輩出するためには、本校の「強み」、「弱み」を確認し、課題の克服に向かって教職員が一枚岩となり、知恵を出しながら努力していく覚悟です。「温故知新」と言うように、80年間の時間の流れの中で、先人の偉業を偲ぶとともに「チーム真颯館」として、体制を確立できれば、大きな喜びと飛躍につながると思わざるを得ません。

 ご家族で三代にわたり真颯館高校に在籍したという方も珍しくありません。そのような素晴らしき伝統と母校愛を支えとして、これまでのよき伝統を踏襲しつつ、これからの新しい時代にあった特色ある学校づくりに邁進し、さらなる発展に向け努めてまいりますので、今後とも皆様の一層の御指導・御支援を賜りますようお願い申し上げます。
 
 最後になりましたが、本記念誌に御祝辞や玉稿を賜りました皆様方に、厚く御礼申し上げまして、御挨拶といたします。